「自分ごと」として考える力を、少しずつ。

体調が戻り、娘はようやく学校に登校できるようになった。
そんなタイミングで迎えた今日は、高校の手続きのために一緒に学校を訪問する日だった。

前日から、荷物の確認をした。
「サブバッグを持っていくように」
「制服は正装バージョンで行くように」
そう娘に伝え、当日の朝も、
「受験票と提出書類、忘れずに持って行ってね」
と念押しをして家を出た。

これだけ準備したのだから、もう大丈夫。
そう思っていたのに。

窓口に着いて、娘がまんまるの目で言った。
「持ってきてない…」

え、じゃあそのサブバッグは何のために?

「いやー、筆箱がいるかなと思って」

ああ、そうか。
それはそれで正解。筆箱も大事。
でも、でも……。

私は、心の中でため息をつきながら思う。
やっぱりこの子は、「自分ごと」として考えるのが少し苦手だな、と。

もしかしたら、そう育ててきてしまったのかもしれない。
そう思うと、急に胸がざわつく。

そして、やってしまう。
つい、キツく問い詰めてしまうのだ。

「なんでサブバッグを持っていくように言ったと思う?」
「朝、今日何がいるか考えて、自分で持って行こうねって言ったよね?」

そんなふうに、事務室の前で娘を責めるような言葉を投げかける自分を、少し離れたところから冷静に見ていた。
ああ、またやってしまったな、って。

事務室の方は、にこやかに
「大丈夫ですよ」
と声をかけてくださる。

その優しさが、なんだか申し訳なくて、余計に胸が苦しくなる。

まだ中3? もう高1?
そんな狭間にいるこの一年。
受験を乗り越えたことで、少しは「自分ごと」として物事を考えるようになったかな、と思っていたけれど、そう簡単ではないのかもしれない。

でも、やっぱり心配になる。
これから先、勉強やクラブだけじゃなくて、仕事をしていく中で。
「自分ごと」として考える力がなければ、誰かに言われたことをただこなすだけの日々になる。
それって、きっとしんどい。

だからこそ、私はつい強く言ってしまう。
でも、ふと思う。
それって、私のエゴなんじゃないか。

自分がうまくできなかったこと。
あのとき、もっとこうすればよかったと思うこと。
そんな過去の経験を、無意識に押しつけているのかもしれない。

「こうしなかったから大変だった」
「だからあなたはちゃんとしなさい」

そんな思いを込めてしまっているのだとしたら、何とも言えない後悔に押しつぶされそうになる。

子育てって、本当に難しい。
何度トライしても、またエラー。
もう何度目かわからないくらい、同じことを繰り返している。

子どものことを思っているつもりで。
でも、どこかに自分の見栄が混じっているのかもしれない。

わからないけれど、今日もまた一緒の布団で眠る娘を見ながら思う。

高校受験を頑張った。
それだけでもう、十分だったのかもしれない。

いつか終わる子育ての時間を噛みしめながら、
あたたかい時間を、もっと大切にしたい。

そんなことを考える、静かな朝。

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